top of page

Anvea

  • Black Facebook Icon
  • Black Instagram Icon
  • Black Twitter Icon
検索

母との関係

  • 執筆者の写真: ゆき子 藤川
    ゆき子 藤川
  • 13 時間前
  • 読了時間: 2分

母はコロナ直前に亡くなりました、もう7年ほどになります。


私は母との関係に長い間悩んできました。


母はとても愛情深い人でしたが、その愛情は時に支配や干渉という形で表れていました。

日記を見られたり、行動を細かく指示されたり、

自分の気持ちより母の期待を優先することが当たり前になっていました。


自分が子育てをするようになり、

「あれ?これは普通ではなかったのかもしれない」

と気づき始めました。


学びを深める中で、共依存という言葉を知り、自分自身の生き方を見つめ直すようになりました。


母の期待に応えるためではなく、自分の人生を生きるために。


少しずつ境界線を引き、自分の気持ちを大切にすることを学びました。

その過程は決して簡単ではありませんでしたが、

最終的には母ともお互いを尊重できる関係になることができました。


母が亡くなった今思うのは、

あの関わり方も母なりの愛情だったのだろうということです。


もちろん、苦しかった経験が消えるわけではありません。


でも、人はいつからでも関係性を変えることができる。

そして、自分の人生を取り戻すことができる。


私自身がそうだったからこそ、

今は生きづらさや親子関係に悩む女性にも寄り添いたいと思っています。

 
 
 

最新記事

すべて表示
人生の転換点

大学では小学校教員養成課程で音楽を専攻していました。 将来は先生になるんだろうな。 そんなふうに思っていました。 でも大学3年生の時、 叔母に誘われて参加した障がい児キャンプで、私の人生は少し変わりました。 そこで出会った子どもたちを見て、 私は衝撃を受けたのです。 「なんてピュアなんだろう」 「なんて自由なんだろう」 自分の好きなことに夢中になって、 嬉しい時は思いきり笑って、 嫌な時はちゃんと

 
 
 
働いてきた場所は

支援学校で講師として働いていた頃、子どもたちとの関わりは大好きでした。 でも正直に言うと、義務教育の仕組みそのものには苦手意識がありました。 時間割に沿って動き、 決められたことを決められた時間に行い、 みんなが同じ方向を向くことを求められる。 もちろん集団生活には必要なこともあります。 でも、その枠の中に収まりきらない子どもたちもたくさん見てきました。 今働いている放課後等デイサービスでは、もっ

 
 
 
父は自由人

父は昔から、自分の好きなことにはお金を使う人でした。 一方で母は堅実派、父の愚痴をよく聞かされていました。 母が亡くなった後、父はしばらく落ち込んでいましたが、 少しずつ元気を取り戻し、今ではずいぶん自由に暮らしています。 高価なギターを買ったり、愛車に乗ったり、食べたいものを食べたり。 母というストッパーがいなくなったことで、本来の父らしさが戻ってきたのかもしれません。 正直なところ、 「そんな

 
 
 

コメント


bottom of page